ココ色吐息

水のように

d0180285_2315557.jpg
 □ Kodak SG400 □ 


GW後半一日目、伊集院静さんの「水の手帳」を読み終えました。


母が持っていた文庫本を沢山借りてきた中にあった本なのですが。
まず、
お母さん、結構濃厚な恋愛小説読んでたんだね、という驚きを感じつつ(笑)


また一つ、概念を破壊された感がありました。
最近、本を読んだり、映画を見たりして、自分がいかに固定観念が強かったかを感じます。
凝り固まっていたなあ、と、いや、そんなことより、あまりにも私は無知だなあ、と思いました。

だけど、何か知った風でいたくなって、ああでもない、こうでもない、と熱く思案してみたりして。


「難しいのは自分を肯定することだよ」と言った主人公の兄の台詞に、ふと本を置いて少し放心してしまった。

肯定してきているように見せかけて、ずっと、見たくない部分から目を背けてきたような気がする。

かと言って、じゃあ明日から私自身全てを肯定して生きよう、と思っても、簡単に実行できるものでもなく。


つまらない毎日、と愚痴をこぼしながらも、
だからこそ、私は現状にとても満たされていて、そこを居心地良しとしてた。

きっとそれで充分なのだけれど、それじゃ充分じゃない、と燻る思いもあったりする。

「私にも、あなたの中にも泉がある気がするの。
その泉が私たちが自分の意志で何かをしようとした時にあふれ出して、せせらぎになって、やがて河になるのよ」

最後に主人公は、この上の言葉と共に、
「生きている人間がすることに無為なものは何ひとつない」と言い、かつて愛し合った男に別れを告げ、また旅に出る。


満ち足りた生活を送っていると、そこから少しでも逸れた選択肢を、
どうしても弾こうとしてしまうし、怖さも感じるけれど、

どんな生き方でも、やがて河になるのなら、と、勇気が持てた気がしました。



はて、稚拙な感想文で失礼しましたwww
[PR]
by koco_hinata | 2012-05-03 23:58 | book